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スケーターのDIY精神が生んだパン職人「KALPA」

|お店に入るとまず目に入る、「KALPA」の文字。

パン屋「KALPA」は、北に蓼科山、東に八ヶ岳を望むのどかな田園風景の中に佇む小さなお店。

KALPA(カルパ)とは、サンスクリット語で「宇宙の始まりから終わりまでの時間」を意味するという。SANUと同じサンスクリット語を屋号に選んでいることと、「Baker (パン職人)」と並んで「編集長」、「Skateboarder」、「Hiker」といういくつもの肩書きを持つそのプロフィールの面白さに惹かれて、オーナー兼パン職人の殿塚竜夫さんにお話を伺ってきた。

殿塚さんは、東京都青梅市出身。自然酵母のパンが好きなら誰しもが知る有名店「ルヴァン」(長野・上田)で4年間の修行を経て、2017年に「KALPA」を独立開業。しかし、そこまでの道のりは、思いもよらないユニークな変遷だった。

「山登り」で見つけた自分の分岐点

|小麦から培養した小麦酵母をすべてのパンに、食ぱん生地にはレーズン酵母を併用して作る。

小学生の時にスケートボードに出会ってから、40年来のスケーターである殿塚さん。「スケボーは僕の人生」と本人が語るほどに、スケートボード中心の暮らしを送ってきた。20代はアルバイトで食い扶持をつなぎながら、毎日スケートボードに明け暮れる日々。30代になって「足が疲れない座ってできる仕事」を探し、グラフィックデザインの職についてからも、ZINE(自主出版したフリーペーパー)や自作のTシャツ、ステッカーを売ったり、仲間とスケートする映像を撮るなど、DIY精神がさかんなスケーターカルチャーにどっぷり浸かった毎日を送っていた。

そんな殿塚さんに転機をもたらしたのは「山登り」。コンクリートがある場所でしか遊べないスケートは、常に警備員や警察に目をつけられる。そんなやりとりに疲れていた頃、ふと気分転換に登った山に夢中になった。山に通ううちに環境問題に関心を持ち、農業や食料生産の過程でも、環境に影響を与えていることに気づいたことをきっかけに、自然食品や有機野菜を取り扱う流通会社の広報部に編集職で入社した。

「当時は、広告中心のグラフィックデザインの仕事が、需要がないものを無理やり売る行為に思えて違和感を覚えていた頃でした。野菜や農産物の知識はなかったけれど、自主制作をしていたおかげで撮影から取材まで編集の仕事には自信があった。なにより、自分が心から良いと思えることをやりたくて、自然に負荷が少ない有機農業にまつわるものを取り扱う会社に入社しました」。

DIYのシードルから生まれたパン

|店内には、殿塚さんの好きなものがあちこちに飾られている。ショーケースには、信頼する生産者さんの製品や好きな作家さんの作品も並ぶ。

パン屋を志すきっかけもスケーターカルチャーの中で培ってきたDIY精神だった。

「広報部の仕事で取材に行くと、どの有機農家も口を揃えて土の中の微生物の話をしていて、『微生物ってなんだ』と思って勉強すると、有機農業の中でも、土の中の菌や微生物が分解した栄養素が野菜づくりに活かされているとわかったんです。僕らが食べたものも身体の中で菌が分解しているし、菌の働きとその循環構造に気づいた時には圧倒されました。

そして、自分でも菌を使ってなにか作ろうと思った時に、お酒が好きだったのでリンゴジュースにイースト菌を入れてシードルを作ったら、案外あっさりできた上に美味しかった。さらに、その副産物として生まれた酵母に小麦粉を混ぜて育ててみたら、パンが焼けたんです。

自然界にいる見えない菌を捕まえて、それを培養して作るというパン作りの仕組みに面白さを見出して、パンの道へ進むことを決めました。あと、パンはモノと違って、作っても食べたらなくなる。そんなところにも潔さを感じたのかもしれません」。

土地や環境に根ざしたパンを作る

|左: 小麦「ユメアサヒ」はルヴァン時代から付き合いのある上田の「なつみ農園」から仕入れたものを自家製粉し、生地に使う。|右: 店先で育てているライ麦。

パンづくりの道に進むと決めたのち、青梅から長野へ移住し、天然酵母パンのパイオニアとして名高い「ルヴァン上田店」で4年間修行を積んだ。修行中、小麦の仕入れ先である地元の「なつみ農園」へ収穫の手伝いに通ううちに、無農薬栽培や自家採取した種を使うという畑への考え方に共感。そして、独立する時にその農園へすぐに行ける距離であることを前提に長野県で土地を探した。

「一つこだわりがあるとすると、身近にあるものを使うこと。海外からおいしい小麦を仕入れる選択肢もあるけれど、日本のこの環境だからこそ存在する菌もいると思っています。カルパのパンはフランス式の製法で作っていますが、多分フランスで食べるパンとは違って、この土地に暮らす人たちの感覚に合ったものになっていると思います。

特に長野にはお焼きの食文化があり、元々中力粉が土地に馴染んでいますからね。カンパーニュというと構えてしまう人も多いですが、普通に味噌汁とか、夕飯の残り物の肉じゃがとか、野沢菜とかを乗せて気軽に食卓に取り入れてもらいたいと思っています」。

多様性を受け入れ、環境を整える

カルパのパンは、自然酵母を使ったパンの中でも柔らかくて食べやすく、風味も抜群。

そもそもパンは、水と粉と塩でできた生地を酵母菌の力を使って膨らまして焼いたもので、必ず酵母菌を発酵させるプロセスが必要になる。自然の中にある酵母菌から発酵に適したものだけを純粋培養したもので、発酵力が強く短時間で上手に膨らむ「イースト」を使ってパン作りをすることもできるが、殿塚さんは手間と時間がかかる自然酵母を用いる製法を採用している。

「酵母と言っても、実際には乳酸菌や酪酸菌などいろんな菌が存在していて、菌ごとにいろんな役割があります。パンを膨らませたり、香りを出したり、酸味を生むのが得意な菌もいれば、あんまり役に立たない菌とか、いろんな菌たちがいて、それらが得意なところを活かし助け合いながら、美味しいパンが出来上がっていく。すると、味に厚みがでて、人間が美味しいと思う味になっていくのだと思います。

実は僕、何もしていないんですよ。これといって特に難しいことはしていなくて、生地がうまく育つような環境を整えてあげたら酵母が働いてくれるんです。

酵母を社会の中に置き換えると、イーストは優等生ですね。たくさんの人が生きる世の中を効率的に回すには必要で大切な存在。それでも僕が自然酵母を用いたパン作りにこだわっているのは、優等生だけが活躍する社会じゃなく、多様性を認めた社会であって欲しいという、自分の考えが反映されているのかもしれません。」。

菌の時間に寄り添う

最後に「カルパ」という店名について伺うと、こんな答えが返ってきた。

「菌や微生物を扱っていると、彼らは僕らの人生と違う時間軸で動いていて、もっとスケールの大きい宇宙に流れる時間を感じるんです。例えば、このタイミングで発酵が終わって釜に入れられれば、いい時間に焼き上がるからお客さんに渡せると思ってもそうはいかないことの方が多くて。(笑)

発酵を彼らに委ねているので、パン作りは菌たちの時間軸を中心に動きます。人間主体の時間軸ではなく、ありのままの自然が持つ時間軸を大切にしたいと思って、カルパという名前をつけました」。

お店のショップカード。パン屋の仕事を通して見つけた、スケートボードとの共通項が自身の言葉で記されている。

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