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目の前にある自然の恵みをいただく「Terroir 愛と胃袋」

|「問屋場」として使われていた、江戸時代の建物を改装したレストラン

八ヶ岳南麓、かつては宿場町として栄えたエリアにある大きな瓦屋根の古民家に、ローカル・ガストロノミー「Terroir 愛と胃袋」はある。

レストランガイド『ゴ・エ・ミヨ』に連続で掲載されるなど、食通の世界では注目のレストラン。店名の「Terroir(テロワール)」とは、フランス語で「土壌」を意味する「terre」から派生し、「風土の個性の」を意味する言葉だ。

聞けば、元は世田谷・三軒茶屋で営んでいたお店を八ヶ岳の地で移転開業したという。八ヶ岳・山梨のテロワールとはどんな食体験なのかを探るため、お話を伺ってきた。

|左から、マダム・石田恵海さんとオーナーシェフ・鈴木信作さん

シェフの鈴木信作さんは長野県飯田市出身。日本料理店で修行した後、フレンチへと転向し、2011年に東京・三軒茶屋で「Restaurant 愛と胃袋」を開業。4年間営業した後、2017年に八ヶ岳で「Terroir 愛と胃袋」を移転開業した。

鈴木さんの妻の石田恵海さんは、愛知県名古屋市出身。グラフィックデザイン事務所に勤務後、上京し、リクルートや編集プロダクション勤務などを経て、編集者・ライターとしてフリーで活動を始める。結婚後は編集業のかたわら鈴木さんとともにレストランを開業し、現在はサービスやお店の切り盛りを担当する。

三軒茶屋から、八ヶ岳へ

|お店の周りには中央アルプスを見渡せる長閑な田園風景や清廉な川など、豊かな自然が広がる


三軒茶屋のお店の頃は、自宅とお店を往復する忙しい日々を送り、子供と過ごせる時間が少なかったという。子供の成長や自分たちのライフスタイルを考え、移住の可能性を考え始めた矢先、お客さんの紹介で山梨の土地に出会った。その自然の豊かさに惚れこみ、すぐに東京の店を畳み移り住むが、暮らして感じた違和感を拭いきれず、図面までできていた店の計画を白紙に戻し、土地探しを再開。そうして、一年近くかけて出会ったのが、今の土地だという。

「元々日本料理をやっていたので、日本の文化や食材にフランス料理の技術を掛け合わせた料理が自分のスタイルなのですが、特に八ヶ岳の土地の食材とは相性が良くて。開業までの一年間はいろんなことがありましたが、今は財産になっていると思います。この辺りは田植えやマルシェなど、農業に関する催しが多くて、そういった場で地元の方たちと知り合う機会に恵まれていましたね。土地探しだけでなく、生産者さんや作家さんに会いに行く機会を通して土地の魅力を発見し、自信を持って提供できる食材に出会えました。

|左: お店を入るとすぐ、庭の剪定で落とした立派な紅葉が出迎えてくれる | 中央・右: お店の至るところに、四季や自然を感じる花や緑が誂えられている

もともと「Restaurant 愛と胃袋」はアラカルト中心のビストロスタイルで提供していたが、八ヶ岳に移ってからは、店名を「Terroir 愛と胃袋」に改め、コース一本に切り替えた。2022年12月から現在の一営業一組というスタイルに落ち着いたそう。

「シンプルにここで採れる食材の豊富さや八ヶ岳の豊かさを感じられるような空間作りや料理を心がけています。また、同時に何組もの接客をするスタイルをやめたことで、お客さんに深く関われるようになりましたね。また、三軒茶屋の時よりもお客さんとのコミュニケーションを通じて、学ぶことが多く感じます」。

体験すべてを通してその土地を感じる、テロワールな仕掛け

コースのメニューは2ヶ月ごとにかわり、野菜はもちろん、山菜、川魚など、その季節にいただける食材を中心に構成されている。牛肉は信頼する滋賀の精肉店「サカエヤ」から仕入れるが、それ以外は全て山梨で育ったものを使う。

「八ヶ岳に移って最初の一年くらいは高級食材ばかり使っていましたが、時間が経つにつれてすっかり変わりましたね。自然に対しても最初は頭でっかちだった部分があって、「こうじゃなきゃダメ」と思ったり、本で得た知識から理解しようとしたりしましたが、今は、目の前にある自然の食材や環境を肌で感じたまま料理に反映させるというのがテーマ。その時期自然にあるものから自ずと料理のインスピレーションが湧いてくる、その感覚を楽しみながらお料理を提供できていると思います」。と鈴木さん。

|左: 取材にお邪魔した6月のコースメニュー | 右: 裏面には食体験を一緒に形作る生産者・作り手の名前が並ぶ


鈴木さんが考えたメニューを、石田さんが言葉に落としこみ、毎回コースリストが完成する。8品のお料理とデザートにそれぞれ使われる代表的な食材の横には、その一皿を表す言葉が添えられる。「お料理を食べて感じることから着想を得ることもあれば、食材にまつわる言葉を選ぶこともあります。例えば、経産牛(出産を終えた牛)のメニューがあるのですが、一般的に経産牛は痩せ細って肉量も取れないため商品化されず、食用とされずに処分されることも多い。ですが、私たちが仕入れるサカエヤさんでは、そのお肉に合わせた手当を施すので、とても美味しくいただけるのです。その命をここで全うさせていただく、という意味を込めて『全う』という言葉を添えました」。料理をいただきながら、そして、石田さんや鈴木さんとの会話から、一つひとつの言葉に隠された意味について答え合わせをすることも、ここでの楽しみのひとつなのだろう。

さらに、メニューリストの裏面にはALL STARSと名され、コースに登場する食材やドリンクだけでなく、お食事を供するときに使われる食器やリネン、メニューリストに使う和紙に至るまで、その体験すべてを構成するものに対して作り手の名前が記される。その「もの」の向こう側にいる作り手の愛を感じながら食事をいただくことができる。そんな粋なはからいが散りばめられている。

|ある日のコースの一皿。器には地元で制作をするツパイ工房・斎藤ゆうさんのガラスの作品を使っている

老若男女、誰もが楽しめる食の空間

|左: 大人から子供までゆったりと過ごせるダイニングスペース | 中央: ゲストにアペリティを楽しんでいただくこともあるリビングスペース | 右: 石田さんと園芸に詳しいスタッフが育てるハーブガーデン。ここで育てられたハーブもお料理に登場する

お店のメニューには、「外食の場のバリアフリー」という考えのもと、0歳児の子供から食べられるベビー・キッズ向けメニューに加えて、ビーガン向けのメニューも並ぶ。そこの思想の裏側にはお二人の実体験があった。

「ひとたび子どもができると、ちゃんとしたお店は子どもと一緒に行けないことが多く、なかなか外食が楽しめないですよね。私たちもそれを身をもって体験していたので、お子さんと一緒に楽しめるということは三軒茶屋の頃からずっと大事にしてきました。お子さんに限らず、車椅子ユーザーの方のためにスロープを用意するなど、バリアフリーであることにはこだわってきました。八ヶ岳にお店を移してからは完全予約制にしたので、お子さん向けの料理のバリエーションを増やしました。そして、八ヶ岳は割とドッグフレンドリーなお店が多いエリアなので、平日は愛犬の同伴もできるようにしていますよ」。

誰しもが大切な人とその空間を楽しみ、分かち合える。そんなお二人の懐の深さに姿勢に心を打たれながら、お店を後にした。きっと、このお店に訪れる人は、誰しもが鈴木さん、石田さんの「愛」をたっぷりと受け取れることだろう。

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