SANUをつくる人 vol.1 |SANU CABIN BEE 50年後を見据えた建築設計|ADX・安齋好太郎
⼈と⾃然が共⽣する社会の実現を目指し、リジェネラティブなビジネスに取り組むSANU。その活動は、ブランドビジョン『Live with nature. /自然と共に生きる。』に共感し、力を貸してくれるパートナーたちの存在に支えられています。『SANUをつくる人』は、SANUの大切な仲間である彼らにスポットライトを当てる特集。〈SANU 2nd Home〉がいかにしてつくられているか、その一端をご紹介します。
第1回は、建築チーム〈ADX〉代表・安齋好太郎さん。「森と生きる。」をフィロソフィーとし活動をつづけるなかで、〈SANU 2nd Home〉事業に参画。ブランドを象徴する建築〈SANU CABIN BEE(以下 BEE)〉に加え、現在施工を進めている〈SANU CABIN MOSS〉を手がけるなど、〈SANU 2nd Home〉誕生前夜からいまにいたるまでを知る、キーパーソンのひとりです。本稿では、〈BEE〉にフォーカスを当て、安齋さんの建築哲学やディテールに込められた思いを紐解きます。
「白い器」とは何かを問いつづけて
「SANUを立ち上げるとき、本間さん(SANU Founder / Brand Director)が、建物は『白い器がいい』と言っていたんです。主役は自然であって、大きな窓から見る借景だったり、花瓶に生けたその土地の植生とか、建物はそういった自然を引き立てるものなのだと」。
SANUはホテルではなくて、セカンドホーム、つまりもうひとつの暮らしの場所にしたいという思いがあった。そのためには主役は建物ではなく、自然そのものであり、滞在し体験する人であるべきだと考えていた。本間は、SANUの建物を概念的に「白い器」と表現していたのだ。
「そのときはよくわからなかったんだけど、頑張ってみよう。白い器、白い器……と考えつづけてました。白い器というのは、それくらい自由で、それ自体は何でもないもの。何でもないけれど、何にでもなれるみたいなことでもあると解釈しました」。
同時に、安齋さんの頭のなかで逡巡していたのは、建物の量産化だった。
「SANUは、セカンドホーム=別荘という事業だから、自分の家として建物を使ってほしいと考えていました。八ヶ岳、白樺湖、軽井沢と、いろんな土地でそれぞれ違うと、コンセントが見つからないとか、お風呂のやり方がわからないとか、慣れるだけで初日が終わってしまい、緊張感が抜けないまま次の日には帰る。そういった滞在は避けたかったんです」
しかし、多様なエリアに同型のキャビンをたくさん建てることにも違和感を持っていた。というのも、当時はいわゆるローカライズすることが一般的。「ご当地メニュー」的なデザインがセオリーとされていたからだ。北海道や沖縄といった土地性のほか、山岳や海、湖沼など、自然環境に準じたデザインが正攻法であるという認識があった。
「すべてをローカルに合わせるべきだというのが従来の考え方。でも、本間と福島の話を聞いて、SANUは違うと。そこで思い出すのが『白い器』だった。建築は主人公ではない。その土地の自然や、そこに滞在する人が主役である。器は必要なものだけど、シンプルで研ぎ澄まされているものであるべきだと、僕のなかに落ちてきた」。
SANU CABIN〈BEE〉にたどり着くまで
安齋さんが最初に取り掛かったのは、ブランド発表のためのプレスリリース用のパースだった。「白い器と言った、アイツらの言葉を画像にしたらこうなった」という絵は、いまのSANUのイメージとは程遠いものだ。これを安齋さんは「2%くらいの力でつくった」という。
「まだ自分のなかで解釈しきれていなくて、とりあえず出しておいた。彼らはいいねと言っていたけど、全く力が入ってなくて。ふたりが事業を拡大しようと動いている間に、98%の力を使って本当につくりたいキャビンの設計に取り掛かった」。
時は経ち、次のリリースに向けて具体的なデザインを求められた。安齋さんは発表のギリギリまで誰にも見せず、「もう間に合いません!」というタイミングで渾身のパースを出した。これは、現在のキャビンの佇まいの原型となる設計だ。
「ざわざわしちゃって(笑)。『あれ、全然違う』『おい、どういうこと』って。でも、もうリリース寸前だし、修正もできないから、これで行くしかないって。当初は、なんか気持ち悪いって何回も言われたからね」。
しかし、それは安齋さんにとって嬉しい反応だった。
「自然のなかでの形って、正しく整理された形というのはなくて、同じ形はひとつとしてないし、ボコボコしてるし、軽かったり重かったりするし、すべてに違和感がある。でも、彼らからしたら『はじめのパースはどこに消えたんだろう?』『このハの字の建築はなんなんだ』という戸惑いはあったと思うけど」。
「人と自然が共生できる設計」安齋好太郎さんの頭のなか
安齋さんが生み出したキャビン〈BEE〉は、動物や植物、つまり「自然の目から見たときに、建築はどうあるべきか」を考えた結果だった。
「ハの字の屋根は、木の成長を考えた設計。木は根元は細い幹ですけど、上は葉が茂ってモコモコとブロッコリーみたいになっているでしょう。そこで屋根をハの字にすることで、木の成長を妨げることがない。同時に、キャビンを建てるときに既存の木を切らなくて済みます。森のなか、林のなかに建てようと思うと、垂直の壁だと木と共生ができないんです」。
もうひとつ特徴的だったのが、高床式の基礎だった。安齋さんが考えたのは「風の通路」。高床式の基礎をつくりキャビンを建てることで風の流れが止まり、植生が変化し、動物の棲家が失われてしまうことを、なんとしても避けたかったのだ。
「ならば、建物を浮かせてみようと。それで風が流れるよね。これ気持ちいいじゃん」。
森に棲む動物にも思いを巡らせた。
「動物からしたら、きっと人間には会いたくない。だから窓の数を減らしました。SANUのキャビンは、窓がデッキ側にしかない。あえて窓の数を減らすことで、周りの森を暗くする工夫もしています。いわゆるリゾートは、窓がいっぱいあってライトアップもされてキラキラしてますよね。でも、動物は夜行性のものが多いので、彼らの居場所をちゃんと提供してあげたい。人間だけの視点で設計すべきではない、自然との共生を考えた建築にしたかった」。
滞在という体験をデザインする
〈BEE〉の内側にも目を向けてみよう。エントランスを入ると、両側から包み込むような壁が迫り、キッチン、バスルーム、その奥には書斎、ベッドルーム、そして自然を望む大きな窓へとつづく。
「ひとつの空間でありながら、ある程度隔てられた居場所をつくることは結構難しくて。鍵になったのは、この曲面の壁。キッチンと水回りといった機能的な空間をもちながら、木をくり抜いたような形で、自分の居場所というか、隠れられる場所を設計しました」。
〈BEE〉らしさを象徴する曲線でできた壁は、空間を形成するためのものである一方、「音」の体験をもたらせる仕組みでもある。
「室内に居るときに、外を感じられるようにしたかった。たとえば鳥の鳴き声、風が木を揺らす音とか。東京だと、マンションの窓を開けると車とか飛行機、クラクションとか、聞かなくてもいい音が溢れているから、できるだけ音をシャットアウトするようにできている。
でもここには、聞いてほしいいろんな森の音がある。その音をしっかり聞けるように、大きい窓をつくって、音を少しでも集められるこの有機的な形を取り入れています。耳の構造と一緒で、まっすぐな壁よりも有機的な形の方が、音が入りやすく聞きやすい」。
滞在を体験として捉え、自然とのつながりに触れる。曲線の壁と4つの空間は、キャビンでの時間をつうじて、人が本来持っていた機能を復活させ正常に戻すことを目的にたどり着いた設計だったのだ。
曲線の壁は、工法面での挑戦もあった。決して一般的ではない設計ということもあり、建築物としての再現性という視点でも工夫が施されている。
壁面は縦のスリットが入った板材を並べて構成されている。上下に溝を掘り、障子や襖のように納めることで釘やビスの使用を最小限に抑え、さらにパーツのみ交換できる仕組みを採用し、メンテナンス性にも配慮している。
「この曲線、上と下でカーブが違っていて、絶妙に捻れているんですよ。捻れると何がいいかというと、力学的な強度を出せる。溝だけでは強度があまり出ず、捻ることによってテンションがかかって強度を出しています」。
アイデア溢れる設計も、再現性がなければ絵に描いた餅だ。設計チームは、現場と一緒になって検証を進めた。壁の縦スリットは手作業ではいくら時間があっても切りきれない。専用の機械を開発し、時間とコストの削減につとめた。「木材の可能性、木造建築の可能性を追求する、面白い挑戦でした」と安齋さんは振り返る。
「なんだこれ?」が生み出すSANUらしさ
「白樺湖1stが竣工したときの話。福島(SANU代表)が来て、すごく嬉しいことを言ったんだよね。『おお、すごい。木のなかにいるみたいだ』って。僕らが考えていたことを全部、この一言で表してくれた。やってやったぜって思った」。
キャビンに入り壁を触る姿を見て、安齋さんはしてやったりと笑う。
「自分の家の壁なんて触る人いないじゃん。でも、この木の魅力と、有機的なデザインは、触りたくなるきっかけになるんだなって思いました。森を歩いていて、木の切り株があったら乗ってしまうとか、座ってしまうとか、まるっこい石があったら手に取ってしまうとか、自然には、人間を衝動的に動かしてしまう視覚がたくさんある。その自然の仕掛けを建築に入れられたことは有意義だった」。
違和感を感じてもらいながら、だんだん自分の居場所にしてほしいと安齋さんは話す。
自然と共生するための「設計と工法」
SANUを立ち上げた当時、福島と本間は、「1年間に100棟をつくろう」と言った。それを聞いた安齋さんは、嬉しく思う一方で、彼らの期待に応えられるかという不安も抱いたという。ADXにとって、100棟を建てること自体が未知の領域だったからだ。
いくら設計が優れていても、現実的に量産できなければ意味がない。そこでパーツを3Dのデジタルに置き換え、誰でも部材を製造できるようにし、工法も極力簡略化し現地で組み立てる方法を考えた。
「パーツ化のメリットは、どこかが壊れても修理がしやすいこと。施工時の簡略化もありますが、持続的なメンテナンスができるようにしたかった。キャビンの設計は、大きい時間軸を考えていて、建物が10年、20年、そして50年先まで、ちゃんと生きつづけるための設計を模索していました」。
「人間と同じように、建築には始まりがあれば終わりがあるので、建築の終わり方をデザインすることも大事なんです。100年前、200年前に日本の建築を見ると、釘は高価なものだったこともあり、ほとんど使ってないんです。でも安全で、しっかりしている。そういった木造建築ならではの技法を現代版にアップデートして用いているというのも、ADXにとってはひとつの挑戦でした」。
結果、自然にも優しくなるし、人にも優しくなる。日本の社会的な課題に対してもアプローチできる建築になったと安齋さんは話す。
同時に、同型のキャビンでも小さなアップデートでブラッシュアップできるのが量産モデルのメリットでもある。コンセントの高さやキッチンの奥行きといった微調整は、スタッフの気づきやユーザーの声を反映したものでもある。
ないものは作ってしまおうというADXの精神
冒頭で紹介した高床式の基礎構造。建物を浮かすことで、風の流れを止めず生態系への影響を抑えた工夫だが、その実現にも苦労があった。
「〈BEE〉は、直径20cmの杭を地盤まで差し込む基礎杭工法を採用しています。高床式になることで、実は滞在する人にもメリットがある。風が流れ湿度が滞留しないため、夏は地べたよりもカラッとしていますし、雪が降る土地でも雪から建築建築を守ることもできます」。
SANUの拠点のほとんどは、山の傾斜地などの自然地形の場所だ。高床式を採用し土地を平さなければ、自然や地域の魅力をそのまま活かすことができる。
「こういう設計って、小学生みたいな会話でつくっていけるかどうかなんですよね。大人の思考だと、経済合理性や人間的な資本主義が入ってきてしまう。最初にやりたかったことをちゃんと貫き通すことはとても大切なこと」。
しかし、工務店のほとんどは傾斜地での杭打ちができず、「一度土地を平してからでないと杭は打てない」という回答だった。
「それはおかしいじゃん。自然を守りたいのに杭を打つために山を崩すなんて、すごく悪いことしてるじゃん。結局、自社で杭を打つ機械を先行投資して開発しました。ちょっとぶっ飛んでますよね。まだSANUとの契約が1件もなかったのに。でも、これまでと同じじゃダメだし、デザインだけではなく、つくり方や維持メンテナンス、環境も考えないといけない時代になってきた。それを実現するためには、やっぱり挑戦しないと。
土を削ってコンクリートの建築を建てることを否定はしないけど、そこにあった土ができるまでに何十年、何百年もかかっている。それを瞬間的に消すのは人だし、残すのも人。SANUのプロジェクトは、そこを託されていると思っています」。
50年、100年先を見据えた建築を
現在、60棟まで拡大したSANU CABIN〈BEE〉。その姿を見て、安齋さんが思いをめぐらせるのは、50年、100年先の未来だ。
「〈BEE〉が生まれてから、何年か経つと、きっとそこで過ごした子が親になって、また子どもを連れてくることがあるかもしれない。今が楽しくて、今年の夏が幸せだったらいいよね、ではなく、今年の夏を経験した子どもたちが十年後どうなしているかとか、経験をともにした僕らが5年後にどうなってるかっていうことを考えている。SANUって、時間の長いビジネスなんだよね」。
〈SANU 2nd Home〉がサブスクリプションという形態を取っているのも、この時間を見据えた視点によるもの。1回きりの滞在ではなく、ある程度長い期間かけ継続的に過ごしてもらうからこそ、届けられるものがあると考えているからだ。
「この時間の大切さをもっと認知してもらえたら、子どもたちをここに連れてくる理由にもなる。大切な人と過ごすことの大切さ、理由が分かってくると思うんだよね」。
別荘サービスの枠を超えて未来にリンクする。これが、SANUが掲げる『自然と共に生きる』への安齋好太郎さんからの答えなのだ。
Text & Photo : kosuke kobayashi